日本人には作文教育が(おおいに)必要

2017.8.15

タイトル通りです。
きっかけはネットニュースに上がっていた記事です。
その記事を読んで思ったことは・・・
 

英語を「読む」「聞く」は、もしかしたら昭和に学生してきた人の方が、教材の質・量ともに制約があったゆえに、今より貪欲にモノにしてきていたかもしれない。
その勉強法によって獲得された力を否定はしません。しかしすでにその力だけでは対応できない時代になっています。
ビジネスでもアカデミックでも、受験においても。
 

 

英語を「話す」は、ビジネスとして成立しやすかったために英会話学校という最高の??ソリューションができました。
??がついているのはミスタイプではありません。

 

 

 

私自身、英会話学校を利用したことがあります。とても役に立った時期もあるし、その効果に疑問を感じた時期もありました。多分これはその時その時の私の英会話力に変動があったからです。
大学進学前は、英会話学校に通い英語で話す時間をたっぷりとれて日々自信になっていましたが、幸か不幸か英語を勉強する学科に入ったため、大学進学後は毎日英語に触れている環境だったので、英会話学校の授業では物足りなかったです。

つぎに英語を「書く」こと。これも昭和に、いや平成初期に学生していた人でさえも、文法訳読の影の下にあったと思います。正しい英単語の使い方、正しい構文。まるで初めからきっちり英文を作ってあって、そしてそれ以外の答案の可能性が極少で、その英文から無理やり自然な??日本語を引き出して作問していたかのようでした。そうじゃない作問もあったろうけど、大学受験の英作文というのはそういうブームがありました。
 

これもいま現在、そして今後は通用しないでしょう。従来多かった「和文英訳」では、考えたことを書く力が測れないのです。
自分で考えたことを自分が持てる英語力で書く力は、自由英作文という出題形式をもって出題されるようになりました。

ところが受験生間ではいまだにこの出題の狙いをカンチガイして、「中学レベルの英文でよい」「最後に自分の主張を繰り返して語数を稼ぐ」というアヤシイ都市伝説が残っているようです。。。甘く考えているから、自信をもって思考し書くことが出来ないまま2月25日を迎えてしまう。

自分が思うことをただ並べるだけでいっぱいいっぱいなのかな。
自分が思っていることを読み手・採点者に伝わるように書けないまま、お茶を濁して終わる(この「終わる」はdouble meaningね!)。

大学受験では当人が不合格になるだけですが、実はこれまでの日本人の作文訓練不足が、時折みられるネットコメント欄の炎上騒ぎ・叩き合いの原因になっているんじゃないかと、私は思います。

思考して、なぜ自分がその感想や印象を持ったのかを、一度も会ったことない人にも思うとおりに伝わるよう文字化する。
これを意識すれば、コメントもただの感情的発言の応酬にならないのでは・・・と思います。いまはコメント欄も、議論の場・パブリックオピニオン表現の場・世論形成の場になっている時代だからこそ。

「民度」ってよくわからないコトバだけど、仮にあるとしたら、日本人全体の思考レベルゲージを挙げることに貢献すると思います。

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